JMPマガジン50
よい医師になる! 医の倫理・シリーズ講演会
◆東北大学医学部は1995年に「医の倫理学・社会学」を必須科目と して開設した。
◆患者中心の医療を推進することが至上命令となっている今日、患 者の心を十分理解できるようになることが、よい医師になるための大前 提と考えられる。
◆そこでさまざまな医療体験をされた患者さんから直接お話を聞く講 演会をシリーズで開催した。本書は講演の一部と聴講した学生の感 想文を収載した。
◆読者対象は、これから医師をめざす医学生や患者さんと接している 医師をはじめとする医療関係者。
刊行にあたって
医療は科学と倫理とに立脚しますが、医学部の従前のカリキュラムは科学的な知識と技術の伝授に重点が置かれ、医師としての倫理観を醸成する機会は限られていました。一方、生殖医療、脳死判定、臓器移植、遺伝子診断など先端医療技術の長足の進歩とともに、医療における倫理問題が社会の大きな関心事になってきました。例えば、1991年におきた東海大学安楽死事件は、医育機関に倫理教育の見直しを迫るものとなりました。
東北大学医学部は、社会医学や臨床医学の教科目の中で断片的に取り上げられてきた「医の倫理」を、1995年から系統的な教育カリキュラムに位置づけることにしました。すなわち、「医の倫理学・社会学」を新たな必須科目として開設し、そのGIO(教育目標)は、「医師の価値観を一方的に押しつけることなく、患者一人一人の価値観を尊重しながら、科学性・社会性・倫理性に基づいた総合的かつ合理的な意思決定を行えるよう学習し訓練する」としました。
20世紀から21世紀への移行期にあたるその後の10年、社会経済、医学医療はダイナミックに変化しましたが、激しい時代の変化に見合う「医の倫理」教育も変革(イノベーション)が必要となりました。例えば、1999年の横浜市立大学での患者の取り違え事件、2005年の韓国での「ES細胞」論文捏造事件は、世間に衝撃を与えましたが、これらの事件を契機に、患者権利の擁護と医療安全の確保のための職業倫理、科学者の不正行為を防止するための研究倫理を、卒前・卒後教育でいかに徹底できるかが鋭く問われることになったからです。
「へルシンキ宣言」は、医学研究に限らず日常診療においても必要となる倫理規範の原点ですが、2008年10月の修正では、臨床試験は一般にアクセス可能なデータベースに登録すること、研究結果は資金源や利益相反を明示して公刊し、安全性・正確性の説明責任を負うことなどが規定され、被験者、患者の権利の擁護を一層強化する内容となりました。医療者が、最新の知識・技術をキャッチアップするとともに、日々新しくなる「医の倫理」を身につけることは社会的な責務となっています。
「医の倫理学・社会学」の教科目を開設時から担当してきたものにとって、倫理教育のイノベーションは、高くそびえるヒマラヤの山頂を目指すようなものですが、登山に近道はありません。新しい倫理教育の王道も、患者に学ぶという医療の原点に立ち戻ることではないかと思われます。患者中心の医療を推進することが至上命令となっている今日、患者の心を十分理解できるようになることが、よい医師になるための大前提と考えられます。
そこで、さまざまな医療体験をされた患者さんから直接お話を聞く講演会をシリーズで開催することにしました。学外に会場を設け、医学生ばかりでなく他分野の学生・大学院生。病院職員や市民にも参加を呼びかけました。本書はその一部を収録したもので、聴講した学生の感想文も数点掲載しております。患者の声を医師養成や診療活動に生かすため、本書が広く関係者に読まれることを祈念致します。
2009年6月
濃沼 信夫
【目次】
- ■生体肝移植を経験して・・・葛西友彦
- ■家族性疾患と向き合って・・・ハーモニー・ライン(家族性大腸ポリポーシス患者と家族の会)代表 土井 悟
- ■ALS患者が医療者に望むこと・・・日本ALS協会宮城県支部長 和田次男・はつみ
- ■薬害肝炎を問う・・・薬害肝炎全国原告団代表 山口美智子
- ■自死遺族が伝えたいこと・・・特定非営利活動法人 自殺対策支援センターライフリンク 藤原匡宣
- ■バイオポリティクスという視点 −生命倫理的課題の政治焦点化・・・東京大学先端科学技術研究センター特任教授 米本昌平
- ■「がんの社会学」を目指して・・・静岡県立静岡がんセンター総長 山口 建